認知症の人を支える家族介護者への心理的支援の必要性
「ケアスル介護」コラム
保健福祉学部コミュニティ福祉学科 任 賢宰
1.はじめに
認知症は誰もが発症可能な病で、その症状は徐々に進行し後には日常生活に大きな影響をきたす。認知症のほとんどが治療できない病で、家族は認知症の症状によって心理的に混乱し、喪失感も体験する。遅かれ早かれ、愛する家族との思い出も忘れてしまう。これらの症状の特徴から認知症は希望のない疾病として、時間が経ってもその症状は改善できないという絶望感が加わることもある。近年には、地域包括ケアシステムや自治体ごとの相談窓口の設置などが進められているが、基本的に本人を対象としており家族介護者を対象としているとはいえず、とりわけ、心理的支援の取り組みは不十分である。そこで本稿では、認知症の人を支える家族介護者への心理的支援の必要性について述べたい。
2.家族介護者の課題と心理的支援
在宅介護指向ともいえる現在の認知症の介護政策は、未だ私的領域のものとされており、家族介護者がいることを前提としている。特に認知症の初期段階では在宅介護が当たり前で長期の介護を余儀なくされるうちに、家族介護者は疲労の蓄積によってストレスが高まりその対応には多大のエネルギーを要し、心身ともに不調が生じやすくなる。施設入所はおろか、週3日ほどのデイサービスの負担も重くなる。
また認知症の介護は、他の疾患の介護とは違い、記憶障害や行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)によって現れる症状に戸惑い、その対応の難しさから大きな負担を感じる。家族は、親密な関係の中で愛情や愛着、甘えといった独特のつながりを保ちながら認知症の人と向き合っている。この独特な繋がりは、場合によっては逆に認知症の人から家族介護者が離れられなくなる傾向となり、以前から維持できた相互関係のバランスが崩れ、嗜癖的な関係の共依存の傾向に陥ることが示されている。実際に認知症の人を介護した家族からは、初めて目の当たりにする認知症の人の異変に戸惑い、認知症という病に対する知識が皆無であることから、対応する術もなかったという。介護心中や介護殺人が社会現象になる昨今、介護の過程の中で心理的支援と直接的な支援策が訴えられている。
3.介護サービスのあり方と家族介護者の心理的支援の必要性
認知症の人が利用する介護サービスでは補えない地域に不足する機能を補充するための介護サービスを考えることは重要で、小さな単位から徐々に構築することが求められる。その過程には、①認知症の人と家族に関する課題を発見し、整理・共有すること、②認知症に関する教育・啓蒙活動すること、③医療的資源とともに地域住民への支援活動などが必要で、その中で最も大事なのは「地域住民を中心」とした地域包括ケアシステムの定着を図ることである。つまり現行の地域包括ケアシステムの医療・福祉・介護の横断的な支援の中で、民官協働を通じた認知症の予防と早期発見・対応に加え、認知症の進行に合わせた対応とサービス拡充、認知症の終末期への対応とネットワークの構築が必要である。
また、認知症に対する専門的な教育の強化が必要である。現在、認知症サポーター養成講座などが進められているが、短期的な講座や研修では実践につながりにくく、専門職をはじめ、小中高や地域住民に基礎知識が持続的に蓄積できる教育が求められている。さらに認知症の診断とともにサービスの利用がつながるよう、ケアマネジメントによる介護サービスと地域生活とのコーディネートを図りと、心理的支援をの制度内での構築が要求されている。家族介護者の自己効力感やストレス管理能力を向上させることが重要で、家族介護者が社会から排除されたり孤立されたりすることなく、相互が支え合うコミュニティの形成にもつなげることが必要である。
4.終わりに
以上述べてきたように、認知症はその本人だけでなく家族にも深い影響を与える。家族介護者は、日常生活や仕事の中でバランスを取りながら、認知症の人を支えることが多いためストレスを抱えやすい。認知症の人の介護の過程には、感情面で挑戦的になることもあって、家族介護者の感情を理解し、適切に対応できる支援が必要である。
認知症の人の行動は、その人の意思とは関係なく認知症という病によるものであることを認識し、認知症の進行に合わせた適切な対応と地域の人たちの理解が必要不可欠である。加えてそのためには学校や地域住民への基礎知識が持続的に蓄積できる教育の強化が重要で、介護家族を加害者にも被害者にもさせないよう社会全体で見守り、共に暮らしていけるような心理的支援が求められる。
【参考・引用文献】
・本間 昭(2008)「アルツハイマー病の臨床―現状と解決すべき問題点―」,日本薬理学雑誌,131(5), 348-349.
・渡辺俊之(2010)「介護はなぜストレスになるのか―介護で壊れる家族」,渡辺俊之編,現代のエスプリ,No519,(株)ぎょうせい, 7.
・北村世都(2013)「認知症高齢者を支える人々の心理的理解と支援―後方支援者としての心理職にできること―」,広島大学大学院心 理臨床教育研究センター紀要,12,12-17.
・任 賢宰(2016)認知症高齢者を支える家族介護者支援のシステムのあり方に関する研究―サービス利用と心理的変容の考察を通じて―,立教大学コミュニティ福祉学研究科,博士論文.
・石川裕子(2020)「初期認知症の人への支援」,日本認知症ケア学会誌,18(4),791-798.
URL:https://caresul-kaigo.jp/column/articles/35417/